「おれクラブW杯目指しとるっす」サッカー馬鹿が向かった先は!?

2014年の第92回全国高校選手権の逆転劇は記憶にも新しいだろう。

石川県代表の星陵高校と富山県代表の富山第一高校の試合はアディショナルタイムに差し掛かり2-1のまま星陵高校が優勝すると思われたが

後半47分に富山第一はPKを獲得し土壇場で追いつき流れのまま延長後半に追加点を入れ初の全国優勝を勝ち取ることになった。

しかし国立が歓喜に湧き上がる中で彼はピッチに立つことはなく共に汗を流した仲間達をスタンドから眺めていた。

彼の名前は浜松竜大(はままつ りゅうた)高校を卒業するとシンガポール、ドイツと二ヶ国でプレーした。今シーズンこそ日本でアマチュア選手としてプレーしたが来期より再び活動の拠点を海外へ移しオーストラリアに渡る。

スポンサーリンク

シンガポールでの1年


アルビレックス新潟シンガポールが所属するSリーグは日本のサッカーファンなら耳にした事があるかも知れない。

近年シンガポールには大物外国人が移籍しており昨年はリバプールでも活躍したジャーメインペナントが高額な年俸で移籍したことでも話題を呼んだ。

彼もまたSリーグでのプレーを目指し単身シンガポールの地へ足を運んだ。

朝はSリーグの練習に行き練習が終わるとサッカーコーチの仕事と語学学校に通うという過密な日々を過ごしたがSリーグでのプレーは叶う事はなく実質の2部リーグにあたるディビジョン1のクラブと契約する事になった。

『ディビジョン1のサッカーはとにかく荒くて球際のプレッシャーは凄かった。点を取らずに負けた時は俺のせいになるし、一時期負けが続いている時は日本に帰れとも言われた。』

外国人枠で常に結果を残さないといけないという難しさや言葉が上手く伝わらない中でメンタル的にも成長する事の出来たシーズンだったという。

ドイツから帰国しアマチュアとしてプレー


シンガポールから帰国して成人式が終わると浜松は次の国としてサッカー大国であるドイツへと向かった。

『チームの練習参加になかなか行けずにアカデミーの施設でコンディションを維持していたけど代理人と口論になって意見が合わない事もあって家を飛び出した。』

その後は知り合いの選手のチームでプレー3部や4部のチームとも試合をすることがあり給料の提示もあったが外国人枠やビザの問題で帰国を余儀なくされ日本へ帰国した。

帰国後にシンガポール時代にお世話になった先輩の紹介で今年一年は準備期間として日本でアマチュア選手としてプレーしたという。img_9948

俺はクラブW杯にでるんだ


日本でのシーズンを終えた浜松だが次なる国をニュージーランドと定めていた。

しかし技術的にも環境的にもオセアニアでの慣れが必要だと感じ隣国のオーストラリアへと向かうことにした。

浜松は全身全霊 全てをかけてオーストラリアに向かうという。

『サッカーでしっかりと生活が出来るだけの給料提示がなければサインはせずに、そこまでだと思っている。』

高校時代に日本一になった時ピッチに立てなかった悔しさ、シンガポールやドイツでの奮闘

サッカー人生の全てをかけ生粋のサッカー小僧は豪州の地へと向かっていくのである。

クラブw杯で優勝する日を夢見て。

浜松選手のオフィシャルブログはこちら

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

ABOUTこの記事をかいた人

タイの田舎でプロサッカー選手のキャリアをスタートさせ、現在はモンゴルリーグでプレー中。 ポジションはGK 選手活動を続ける中でライターとしても活動している。